社史

ヒビノドットコム設立──音と映像のIT化

ヒビノ初の公式ウェブサイト(1996年)ヒビノ初の公式ウェブサイト(1996年)

 社長の日比野が打ち出した「AVCC」路線における二つの「C」、ComputerとCommunicationの分野は、Windows 95の登場とインターネットの普及によって加速した。
 社内のIT化については、1990年代前半から書類の電子化や社内LANの構築が始まっており、1996(平成8)年にはヒビノの公式ホームページも開設した。当時、一般企業やITベンチャーは、インターネットを新たなビジネスツールとして最大限活用する方法を模索していた。特に目立ったのは、ネットをボーダーレスな流通経路として活用する「eコマース」で、さまざまな形でトライアルが行われた。
 ヒビノもまた、ホームページ開設を機に、「CC」路線へのトライアルとして、ネット活用の方法を模索した。そして2000年1月、書籍販売をポータルとしたeコマース事業とライブストリーミング事業を行う新会社「ヒビノドットコム株式会社」を設立。社長には日比野晃久が就任した。晃久にとっては、映像サービス事業に続く新たな社内ベンチャーの舵取りを託された形となった。同年6月には、eコマース事業に特化する会社として、社名を「デジタリウム株式会社」と改称、ライブストリーミング事業は新たに「ヒビノドットコム株式会社」を設立して、それぞれの事業の強化を図った。
 デジタリウムの書籍eコマースは、独自の検索エンジンを開発するなどの工夫を行ったが、商材一つとっても、ヒビノとしては、あまりにも未知の分野であった。子会社設立という形で始まったITベンチャーに対して、外部のスポンサーは集まったものの、方向性についての試行錯誤は続いた。
 ヒビノが取り組むべきITとは──このテーマをあらためて検討した結論は、「音と映像のIT化」であった。ヒビノというブランドを最大限生かせるのは、やはりライブストリーミングであった。とはいえ、当時はまだナローバンドの時代で、PCで使えるストリーミングソフトはWMPとRealPlayerくらいしかなく、動画をPCベースで見るというのは一般的ではなかった。

ヒビノドットコムのライブストリーミング。公式ウェブサイト及びストリーミング画面ヒビノドットコムのライブストリーミング。公式ウェブサイト及びストリーミング画面

 そんな中で、ヒビノドットコムは大きな勝負に出た。エイベックス・グループのIT関連会社であるエイベックス ネットワーク株式会社、そしてITプランニング会社の株式会社ビーバットと共同で、国内最大規模の有料ライブストリーミングを実施するというプロジェクトを立ち上げた。
 2001年7月7日、浜崎あゆみの全国ドームツアーの東京ドーム最終公演を「ayumi hamasaki DOME TOUR 2001 Super Stream Live」と題して、当日の模様をインターネットでライブ中継するというビッグイベントが実現した。視聴料金はブロードバンドユーザー向け(384Kbps)のS席(9,000席・税別1,600円)とナローバンドユーザー向け(56Kbps)のA席(1万5,000席・税別800円)と、2種類の「座席」を限定販売した。
 コンテンツは、ライブスタート前に観客が続々と詰めかける会場の模様を映し出したり、ストリーミング専用のカメラを多用してアップの画像をちりばめるなど、テレビ中継では味わえないライブの臨場感や一体感をインターネット上で実現した。
 あえて有料にしたことで、プロジェクトのメンバーにかかるプレッシャーは大きかったという。もともと画質の面では(当時のネット環境では)テレビよりも劣り、もし技術的なトラブルによって配信不能となれば、ビデオストリーミングの可能性そのものを疑われかねなかったからだ。
 配信は無事成功し、その後のアンケートで視聴者の96%が「中継に満足」と回答、92%が2時間以上にわたる中継を最後まで観たと回答した。
 この取り組みは、社団法人デジタルメディア協会(AMD、現 一般社団法人デジタルメディア協会)主催・総務省後援の「第7回 AMD Award/Digital Contents of the Year ’01」において大賞(総務大臣賞)を受賞。本格的ブロードバンド時代を前にして、ヒビノドットコムの「音と映像のIT化」への取り組みは、大きな成果を残した。
 その後、ヒビノドットコムは収益多様化の一環として、2002年4月からイベントプロデュース事業を立ち上げた。同事業は、ヒビノの保有機材と音響・映像技術を効果的に活用して、各種イベントの企画立案から制作、演出、進行までをトータルでプロデュースするというもので、下請けから元請けへと受注構造の転換を企図した新規事業だった。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第4章 転換期 1994〜2003

第4の柱を求めて

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