社史

新社屋完成・CI導入──「ヒビノ株式会社」と商号を変更

完成した新社屋完成した新社屋

 1988(昭和63)年3月、東京都港区港南三丁目5番14号に新社屋が完成。AVC販売事業部と管理部門が白金事業所より、映像部の一部が隣の日成倉庫より引っ越し、翌月にはPA事業部も仮社屋としていた勝島より移転した。
 当時の品川駅港南口付近はオフィスビルやマンションも少なく、倉庫が建ち並ぶエリアだったため、少々大きな音を出しても問題はなかった。PA事業部のスタッフが心おきなく音響機材のテストが行える立地であった。
 新社屋完成とともに、社長の日比野が打ち出したのが、社名の変更だった。
 AVCC時代をリードするという経営方針の転換により、本格的に映像分野に乗り出したことで、ヒビノの企業風土は次第に変化をみせていた。社員数も増え、会社の一体感を高める意味でも、またさらなる新領域にチャレンジするという将来的展望においても、「電気音響」という専門性の高い社名と実体とのギャップを解消する必要があった。いわゆるCI(コーポレート・アイデンティティ)の導入である。
 CI計画は前年の1987年3月から、社内に委員会を設置して検討が重ねられた。その結果、自社のアイデンティティを「音と映像によるプレゼンテーション技術を提供するプロ集団」と規定し、これに基づく企業ブランドを確立していくという基本方針を策定した。
 新社名は「ヒビノ株式会社」と決定した。
 新社名決定へのプロセスでは、「電気音響」だけでなく、オーナー色の強い「ヒビノ」の名も外して、まったく新しい社名にすることも検討された。それは創業者である日比野も了解していたが、社員アンケートの結果、「“ヒビノ”は残すべき」という声が大多数を占めた。コンサート会場に行けば、スピーカーや音響機材のいたるところに「HIBINO」のロゴを目にすることができ、それは社員にとっての誇りであった。コンサート業界において、ヒビノはすでに一つのブランドとして浸透している、というのがその理由だった。コーポレート・スローガンについては、社内外から計176点の応募があり、同委員会での検討により、「音と映像のプレゼンテーター」となった。

新社名とロゴ及びコーポレート・スローガン新社名とロゴ及びコーポレート・スローガン

 新しいデザインのロゴタイプは、グローバルに通用するものにしたいとの意図からアメリカ在住のグラフィックデザイナー、Takashi Daniel Narimatsu氏に依頼し、先進的でスマートな仕上がりとなった。「人々に感動を提供するインパクトのある仕事をしたい」という願いから、「HIBINO」の文字をかたどった新ロゴタイプの最初の「I」は感嘆符「!」にした。そして「ハイテックでプロフェッショナル」「高い信頼性」「国際センスと文化性」を兼ね備えたエクセレントカンパニーを形成していくという決意を込めた。
 こうして迎えた1988年6月15日、商号をヒビノ電気音響株式会社からヒビノ株式会社に変更し、本社を東京都港区港南三丁目5番14号に移転した。
 7月7〜9日には、「新社名ならびに新社屋披露」(CIイベント)が新本社で盛大に開催され、3日間で得意先・取引先などの関係者602名が来場した。
 メイン会場では「音と映像の明日を求めて」と題したヒビノの会社紹介VTRをハイビジョンで放映した。また、CAMERON社の16面ビデオウォールや取扱い輸入商品の展示、さらに、マイクロ波無線通信システム(パソリンク)を用いて3kmほど離れた港区の高輪ビルから中継するというテレビ会議システムのデモンストレーションを行った。

新社屋で行われたCIイベントの様子新社屋で行われたCIイベントの様子

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第3章 拡大期 1984〜1993

音と映像のプレゼンテーター誕生

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