社史

映像部をAVCシステム事業部に改組──システム部門を設置

 AVC販売事業部は、1987(昭和62)年11月に音響・映像・コンピューターシステムの設備工事部門を新たに設置し、「AVシステム」案件の受注を本格化させた。
 一方、映像部でも、展示会や博覧会、各種イベント映像における実績が積み上がるにつれ、企業のショールームやイベントスペースなどの常設案件も新たなマーケットとして浮上してきた。特にマルチビジョンの運用で高い評価を得てきたヒビノに対して、常設施設にも大型映像を導入したいというクライアントが増え、さらに音響面も含めたAVシステムをトータルで受注するケースも出てきた。

西武園ゆうえんち「アイドル共和国」(1989年):ステージ(上)、オペレートブース(下)西武園ゆうえんち「アイドル共和国」(1989年):ステージ(上)、オペレートブース(下)

 AVC販売事業部が1989年3月に納入した西武園ゆうえんちのAVシステム案件は、同園内のイベントステージ「アイドル共和国」にて、床面に28インチ×64面のマルチビジョンを埋め込むという特殊かつ高度なシステムで、設備工事部門だけが担う案件としては負荷が大きかった。
 この案件を一つのきっかけとして、より高度なシステムインテグレーション(SI)に柔軟に対応できる社内体制が求められた。
 1989年5月の組織改編では、映像部の業容拡大に伴い、「AVCシステム事業部」に改組。同事業部の事業部長には日比野晃久が就任した。同時に、AVC販売事業部の設備工事部門をAVCシステム事業部に移管し、新たに発足したシステム課において、企業のショールームや展示施設などの常設映像・音響機器のシステム設計・販売・保守を一元的に担うこととした。
 また、設備設計や現場工事に対応する専門部署として「エンジニアリング部」を新設。電研社プラント株式会社の遠藤勝三社長を取締役として迎え、特に現場の安全管理や法的な手続きなど、これまで不足していたシステム工事のノウハウを獲得した。
 システム設計から施工、保守までを一手に行う総合受注体制が整ったAVCシステム事業部システム課は、1990年7月に日本電信電話株式会社のNTT霞が関コミュニケーションセンター、同8月にNTTデータ通信株式会社のプレゼンテーションルーム(いずれも霞が関ビル30階)のAVシステム案件を受注。また、同年9月25日にオープンしたトヨタのショールーム「トヨタオートサロン アムラックス東京」にて、33インチ×16面のメディアウォール(マルチビジョン)をはじめ、5階「アムラックスホール」のAVシステム、1階「ドームファクトリー」の3D及びマジックビジョンを用いたマルチ映像システム、さらにショールーム全体のシステムを制御するメディアステーションに至る先進的な常設案件に携わった。
 5階「アムラックスホール」には、TACミキシングコンソール「SR9000」「Bullet」をはじめ、Turbosoundスピーカー、Westlakeモニタースピーカー、AMCRONパワーアンプ、Klark-Teknikグラフィックイコライザー、BARCOプロジェクターなどを納入。
 またアムラックス東京の常設物の中でもひときわ目立った16面のメディアウォールは、マルチ画面全体がエレベーターのように上下にゆっくりと動くというユニークかつ大掛かりな機構で、ヒビノは特注のマルチビジョンを納めた。

「トヨタオートサロン アムラックス東京」(1990年):1階から5階までの吹き抜けを昇降するメディアウォール(上)、ビル全体の音響・映像をコントロールするメディアステーション。AMEK「BCⅡ」(下)「トヨタオートサロン アムラックス東京」(1990年):1階から5階までの吹き抜けを昇降するメディアウォール(上)、ビル全体の音響・映像をコントロールするメディアステーション。AMEK「BCⅡ」(下)

 こうしたさまざまな案件を通して、高度なシステムインテグレーションに対応可能な総合力が構築されていくこととなる。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第3章 拡大期 1984〜1993

音と映像のプレゼンテーター誕生

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