社史

Showco社「Prism」スピーカーシステム導入

 PA事業部は、ドームや大規模アリーナ(1983年 大阪城ホール、1987年 レインボーホール〈現 日本ガイシホール〉、1989年 横浜アリーナなど)の建設ラッシュによって拡大する大会場のコンサート案件に、より柔軟に対応できる新機材導入を模索していた。
 そこでPA事業部は、1988(昭和63)年12月のボン・ジョヴィ東京ドーム公演で使用されたアメリカShowco社の「Prism」スピーカーシステムの導入に踏み切った。世界最大手のClair社に次ぐPA会社でありスピーカーメーカーであったShowco社(奇しくも同社は2000年にClair社に買収された)のPrismは、他に先駆けてデジタル信号処理を使ったスピーカーマネジメントシステムを搭載した最先端のシステムだった。
 1989年8月、ヒビノはShowco社と業務提携を結び、Prismシステムの日本及びアジア地域における使用権を獲得した。正式導入に際しては、両社共同の「Hibino/Showcoプロジェクト」を結成し、技術情報の共有を図ることになった。
 Showco社との提携契約の内容は、厳しい守秘義務を含むなど多岐にわたり、Prismの運用に際してはエンジニアへのトレーニングが義務づけられていた。システム理論から機材の構造、詳細な運用方法やリギング(吊り方)に至るまで、オペレーション上のすべてのマニュアルを学ぶために、PA事業部から2名をShowco社に派遣した。
 Prismは、大会場での運用の際に起こりがちな「低音のムラ」という問題を、独自のデジタル信号処理によって解消するという点において、非常に画期的なシステムであった。ドーム、アリーナクラスでの使用を前提とする大掛かりなもので、実際の運用は必ずしも容易ではなかったが、当時はまだ未知の領域だったデジタル技術の一端に触れる機会にもなり、2000年以降急速に進んだ機材のデジタル化において、Prismの運用はそのノウハウの蓄積に役立ったという見方もできよう。
 1990年2月、Prismはザ・ローリング・ストーンズ東京ドーム公演(全10公演)でお披露目となり、続く同3月のポール・マッカートニー東京ドーム公演(全6公演)でも使用され、ロック界のレジェンドの迫力あるサウンドを力強くサポートした。
 同年3月、国内アーティスト初のPrism運用となった徳永英明の代々木体育館公演で好評を博すと、その後は多くのアーティストに採用されていった。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第3章 拡大期 1984〜1993

音と映像のプレゼンテーター誕生

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