社史

日本武道館にて国内初の本格的なフライングスピーカーシステムを実現

トム・ジョーンズ(日本武道館、1973年)アリーナ中央のステージトム・ジョーンズ(日本武道館、1973年)アリーナ中央のステージ

 こうして日比野は、Shureボーカルアンプのレンタル運用を通して、コンサート音響事業の可能性を見出した。一流の機材を選び、積極的な先行投資によって多数所有することで、必ず需要は生み出せるという考えに至った。
 さらに、レンタルによる現場運用によって機材の特性を細かくつかむことで、生きた情報を販売にフィードバックしていく。この無駄のない連携の形は、ヒビノの持つ強みとしてその後も継続されていく。
 1966(昭和41)年6月30日〜7月2日、ザ・ビートルズの日本武道館公演を機に、海外の一流アーティストの来日コンサートは増加傾向にあった。数万人クラスを集める野外コンサートだけでなく、数千人クラスの収容人員を擁する各地の体育館(アリーナ)やホールなど、いわゆる大会場でのコンサート音響のニーズも高まっていった。
 箱根アフロディーテ以来、海外アーティストの要求する高品質の音響機材を調達できる会社として、ヒビノ電気音響のPA事業部は知られるようになっていた。オールプロデュースに加えて海外ロック及びポップス系アーティストの招聘元大手である株式会社ウドー音楽事務所、ユニバーサル・オリエント・プロモーションなど、主要プロモーター各社からの受注が始まり、さまざまな要求に応えられる体制を整えていく必要性に迫られた。
 特にロックミュージックに求められる、大音量で高音質のサウンドを鳴らせる機材となれば、日比野の答えは一つだった。1971年12月、山水電気が輸入元となっていたJBLのプロ用スピーカーシステムの販売代理店契約を結んだ。
 少年時代からオーディオ機器を自作し、喫茶店音響を長く手掛けてきた日比野からすれば、アメリカを代表するスピーカーブランドであるJBLの優位性は十分すぎるほど分かっていた。JBLのスピーカーは、パワフルで音の抜けがいいという特長があり、ロックやジャズなど、ポピュラーミュージックとの相性が良かった。
 先行投資のリスクは大きかったが、コンサート音響事業を発展させていくためには、必要な決断だった。
 また、ヒビノの全国販売代理店23社のネットワークも、この時期に完成させた。
 トラックにJBLの機材を積み、全国デモンストレーションツアーと称して日比野自らハンドルを握り、北海道から九州まで、各地の音響設備会社などを回ってPRに励んだ。こうして作り上げたネットワークで、地方にも販路を広げようと図ったのである。JBLを一般にも広く浸透させたいという一心だった。
 1973年2月、イギリスの人気ポピュラー歌手、トム・ジョーンズの日本武道館公演の仕事が舞い込んだ。しかしそれは、単に機材をレンタルすればいいという単純なものではなかった。
 主催者のプランは、メインステージをフロアの中央に設置し、その周りを観客席で囲むというものだった。つまり360度方向に音を行き渡らせるためには、据え置きのスピーカーだけでは限界があった。そこで考えられたのが、武道館の大屋根中央からワイヤーでスピーカーを吊り下げ、音のシャワーを降らせるという「フライングスピーカーシステム」というアイデアだった。国内では採用事例がない画期的な試みだった。
 国内初となるフライングスピーカーシステムを担当することとなったPA事業部は、アルバイトを含め20人近いスタッフを動員して、緊張感の中、セッティング作業に当たった。
 事前に安全性などの検証が行われたのち、まずステージの中央部で8角形の鉄枠(内径7.5m)が組み立てられた。そこに重量60sのウーファーを2段重ねにしたものを8個、さらに中高域ホーンとアンプを取り付けたのち、システムを大天井に引き上げた。
 もともとコンサート用に設計された会場ではない武道館は、内壁の影響でエコーがかかりやすく、クリアな音が出ないとされた。しかしパワフルなJBLスピーカーによって構成されたフライングシステムは、場内全体に音を行き届かせた。

トム・ジョーンズ公演のフライングスピーカーシステムトム・ジョーンズ公演のフライングスピーカーシステム

 ちなみに、トム・ジョーンズ使用のマイクロホンはShureのSM57(14金張り)、ステージの四隅に置かれたモニタースピーカーはShureのVA-301Sだった。ホーンセクションも加わったフルバンドの音を拾うために35本のマイクロホンがセットされていたが、オペレーションを担当したのは、トム・ジョーンズが伴ってきたPAオペレーターのボブ・カーナンだった。
 アーティストのさまざまな要望を汲みながら、コンサート会場に応じた音響機材の選定から音場の設計・設置、ミキシングを担当するPAオペレーターは、すでに欧米では専門職として確立された存在であった。
 あらゆるステージの特性をつかみ、適切な機材をセッティングし、音をあますことなく拾ってバランスよくアウトプットしていくための「PAエンジニアリング」という領域。コンサート音響事業に乗り出したばかりのヒビノにとっては、まだ未開拓の分野であった。

ステージ袖のPAブースとステージへ向けたモニタースピーカーステージ袖のPAブースとステージへ向けたモニタースピーカー トムジョーンズの金張りマイクトム・ジョーンズの金張りマイク
  • 前の節へ
  • 第2章へ

一覧ページに戻る

※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

PAGE TOP