社史

YMOワールドツアーの音響を全面サポート

YMOワールドツアー(ヨーロッパ・アメリカツアー、1980年)YMOワールドツアー(ヨーロッパ・アメリカツアー、1980年)

 ヒビノのコンサート音響事業は、海外のロック及びポップス系アーティストの招聘元大手であるウドー音楽事務所、株式会社ユニバーサル・オリエント・プロモーションに加えて、ジャズやクラシック系に強い株式会社神原音楽事務所、さらには株式会社アミューズや株式会社渡辺プロダクションなど国内の有力芸能事務所とも取り引きが始まり、案件の幅を大きく広げていった。
 1980(昭和55)年の段階で、PA事業部の社員スタッフは15名になっていたが、レンタル業務よりもオペレート業務に軸足を置くという宮本と橋本が作り出したベクトルに対して沿えない者は次第に会社を去っていき、代わりにオペレーター、エンジニアの志望者が増えていった。
 いつしか宮本は海外アーティストを、橋本は国内アーティストを主に担当するようになり、オペレート技術も経験を重ねる中で磨かれて、高いスキルを提供できるようになっていた。
 1970年代から80年代にかけて、PA事業部が音響サポートを行った主な国内アーティストは、加山雄三、甲斐バンド、矢沢永吉、山下達郎、サザンオールスターズ、アリス(谷村新司)、沢田研二、HOUND DOGなどが挙げられる。機材のみならず、現場オペレーターの技術と情熱によりアーティストやスタッフの厚い信頼を得て、その後も息の長い関係を作り上げるというヒビノの強みが、この時期から醸成されていく。
 「ヒビノサウンド」の認知をさらに高めた案件としては、イエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)の音響サポートがある。細野晴臣を中心に坂本龍一、高橋ユキヒロ(現 高橋幸宏)が参加して、1978年にデビューアルバムを発表して以来、テクノブームを巻き起こしたYMOは、世界的にもその革新的な音楽性とファッション性が注目される、いわば時代の寵児であった。
 1979年に行われたYMO初のワールドツアー、ヨーロッパ公演に、PA事業部のスタッフが同行。翌1980年、2回目のワールドツアー「FROM TOKIO TO TOKYO」では、PA事業部がコンサート音響の全面サポートを行い、橋本らがPAオペレーターとして同行している。
 これは、日本のアーティストの海外公演に初めてヒビノのPAスタッフが帯同し、オペレートをしたという点で大きな意義を持っていた。
 1980年10月11日のオックスフォード・ニューシアターを皮切りに、ヨーロッパ、アメリカと回り、12月24〜27日の日本武道館4日間公演まで、計8ヵ国・全19公演。同ツアーは文字どおりのワールドツアーであった。1ヵ月に及ぶヨーロッパツアーでの移動はすべてバスで、宿泊もバスの車中というハードな行程だったという。
 世界最先端のバンドのワールドツアーを全面サポートしたことで、ヒビノとして得たものは大きかった。「ホールの形状の違い、あるいは電圧の違いによる音の出方など、さまざまな環境下で最適なPAを提供するための貴重な経験値を、YMOのツアーで蓄積できた」と、橋本は述懐する。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

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