社史

東日本大震災と復興支援への取り組み

避難所となった南三陸町立歌津中学校に設置したメディアランナー。電力供給をサポート避難所となった南三陸町立歌津中学校に設置したメディアランナー。電力供給をサポート

 2011(平成23)年3月11日、午後2時46分。宮城県仙台市東方沖70kmの太平洋海底を震源とする大きな揺れが、東日本の広域を襲った。マグニチュード9.0という国内観測史上最大の地震は、巨大津波による甚大な被害に加えて、原発事故という未曾有の複合災害をもたらした。
 東京周辺でも震度5強という強い揺れが起こり、ヒビノ本社や各事業所では商品や機材が落下・破損した。ヒビノサウンド Div.の新木場事業所周辺は、地震発生後広範囲にわたる液状化現象が起こり、同事業所も地盤沈下による被害が発生した。
 電話回線の不通やネット回線の混雑により、従業員の安否確認は困難を極めた。そこで比較的電話回線のつながりやすかった大阪事業所に各事業所の安否情報を集約し、当日の午後10時までに全従業員の無事を確認した。
 震災当日は全国各地でコンサートやイベントが開催されていたが、ヒビノのスタッフが従事していた会場では、日頃からの安全への取り組みの結果、大きな事故は起こらなかった。
 3月に開催が予定されていたコンサートやイベントの約75%が延期あるいは中止になるなど、事業への影響は当初大きいと思われたが、4月に入ると過度の自粛ムードは次第に回避されていった。チャリティコンサートをはじめ、音楽による復興支援活動を企画するアーティストや団体も数多く現れ、あらためて音楽の持つ力、影響力の大きさを再確認する契機ともなった。
 震災発生から2日後の3月13日、ヒビノビジュアル Div.の佐々木晃営業部長の発案により、電力供給が困難な地域にメディアランナーを電源車として派遣することを決定。宮城県及び岩手県の自治体への申し出を経て、北海道オフィスからメディアランナー2台とスタッフ2名が、甚大な被害を受けた宮城県本吉郡南三陸町に向かった。

ベイサイドアリーナ(南三陸町災害対策本部)前に設置したメディアランナー。情報提供活動を行ったベイサイドアリーナ(南三陸町災害対策本部)前に設置したメディアランナー。情報提供活動を行った

 危機的な状況の中、メディアランナー2台のうち1台は避難所となっていた歌津中学校での暖房や照明などライフラインへの電力供給をサポートした。もう1台は、町の災害対策本部が置かれたベイサイドアリーナにて、NHKのBS放送をモニター放映する情報提供活動を行った。同月26日には応援スタッフが加わり、支援メンバーは合計9名となった。そして4月15日、東北電力による電源が復旧し、メディアランナーの被災地支援活動はその役割を終えた。
 未曾有の震災を契機として、ヒビノはさらなる安全対策と防災意識の徹底を図るとともに、ヒビノグループの持つ「音と映像」の総合力を通じて、グループを挙げて復興支援に取り組んでいくことを誓った。
 2013年6月には、東北地区における業務用音響機器のサポート拠点として、ヒビノプロオーディオセールス Div. 仙台プロモーションオフィスを開設。東北6県の復興に取り組まれている音響・放送関係者へのサポート体制を強化した。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

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