社史

4大ドーム完成──コンサート映像サービスの転機

 1997(平成9)年3月に大阪ドーム(現 京セラドーム大阪)、ナゴヤドームが相次いでオープン。同月にB’zが開催した4大ドームツアー(ナゴヤドームはこけら落し公演、東京・福岡・大阪)では、PA事業部が音響オペレートを、映像事業部が映像オペレートを担当した。
 ヒビノの大型映像サービスは、時代の波に乗って企業イベントや展示会などの分野で成長を遂げてきたが、コンサートに関しては本格的に参入できずにいた。企業イベントでは高いスキルとキャリアを積んだ映像スタッフも、音響、照明、舞台装置などさまざまなスタッフがしのぎを削るコンサートの現場には、なかなか入り込む余地がなかった。
 さらに技術的な側面として、コンサート映像にふさわしい機材がそろわなかったという事情もあった。車載型アストロビジョンは搬入と重量の条件をクリアせねばならず、画面を見やすい高さに持ち上げる難しさもあった。また、搬入や設置面では利点の多いプロジェクションキューブも、強い照明が当たるステージでは画面の暗さの問題があった。
 しかし、4大ドームのオープンによって、数万人が一堂に集まるコンサートの件数が増えるにつけ、ステージと客席との距離を埋めるサービスモニターの需要は高まりをみせていった。前述のB’zドームツアーでは、ステージの両サイドに据えた車載型アストロビジョンを「台」に載せ、画面を限界まで観客の目線に合わせるようにして高さの問題をクリアし、またステージセンターにもアストロビジョンを置いて、計3面の大型映像を運用することに成功した。
 このB’zドームツアーをきっかけとして、コンサート映像に対する風向きが大きく変わっていった。
 その後、大型映像表示装置が、車載型アストロビジョンから放電管方式ディスプレイ、さらにLEDディスプレイへと移行すると、軽量化と可搬性の向上によって、設置の自由度は格段に上がった。さらにセッティング時間の短縮や運用技術の向上なども相まって、コンサート映像における諸問題はクリアされていった。そして、映像そのものがコンサートを盛り上げる演出の必須ツールとして認知されていくことで、コンサート映像の需要は一気に増していくことになる。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第4章 転換期 1994〜2003

第4の柱を求めて

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