社史

ウェストレイクスタジオ開設──ポストプロダクション業務開始

ウェストレイクスタジオ A studio(映像本編集室)ウェストレイクスタジオ A studio(映像本編集室)

 1980年代、家庭用ビデオの普及によるパッケージ(ソフト)という新たなメディアが台頭し、アーティストのステージを収録したライブ音源や映像、またビデオクリップなどは、今後の成長が期待される分野であった。
 映像ソフト制作部門を擁するヒビノの次なるビジネスとして浮上したのが、「ポストプロダクション」である。
 1988(昭和63)年7月6日、東京都港区白金の旧本社内に「ウェストレイクスタジオ」をオープンした。同時に専門組織を新設して、オンライン(映像本編集)、オフライン(映像仮編集)、MA(音声編集)の各種編集を請け負う業務をスタートした。

ウェストレイクスタジオ D studio(MA室)ウェストレイクスタジオ D studio(MA室)

 映像制作におけるトータルなサービス、いわば入口から出口までを提供可能にする編集業務を手掛けることで、映像サービス事業のハード・ソフトの総合受注を促進する狙いがあった。また、映像部門立ち上げ以来のテーマでもある「音楽と映像の融合」を具体化していくうえでも、同スタジオは新しいヒビノを象徴する拠点となった。
 取扱い領域は、テレビ番組、テレビCM、音楽ビデオなどのパッケージ、企業のプロモーションビデオの4分野がメインで、中でもコンサートの収録パッケージの需要が高かった。そのため、クライアントはレコード会社や制作プロダクションが中心となった。
 ウェストレイクスタジオはオープン当初、映像編集用のメインルームであるAスタジオとBスタジオ、オフライン編集用のコンパクトなCスタジオ、そしてMA用のDスタジオの4室で構成された。なおDスタジオには、AVC販売事業部の取扱い商品であるAMEKミキシングコンソール、Westlakeモニタースピーカーが納入された。
 ポストプロダクション業務を開始するに当たっては、外部から腕利きのスタッフを多数招聘し、また超一流のスタジオ機材を選りすぐったこともあり、一躍、ウェストレイクスタジオは業界にその名をとどろかす存在となった。
 翌1989年6月にはデジタル編集用のEスタジオをオープン。最先端のデジタル処理を可能にするKadenza(スイッチャー)とHarry(エフェクター)を導入し、テレビCM制作を中心に業務の依頼はさらに増えていった。

ウェストレイクスタジオ E studio(デジタル編集室)ウェストレイクスタジオ E studio(デジタル編集室)

ウェストレイクスタジオ H studio(Henryを導入したデジタル編集室)ウェストレイクスタジオ H studio(Henryを導入したデジタル編集室)

 一方、莫大な投資を回収するのは容易ではなかった。
 1996年9月、東京都港区港南の本社内にデジタル対応のビデオ編集スタジオを3室増設する。編集用のFスタジオ、MA用のGスタジオには当時最新のSSLデジタル・ミキシングコンソールを導入、デジタル編集用のHスタジオにはEスタジオに導入されていたHarryの後継機種であるHenryを導入した。
 1990年代の映像編集技術は日進月歩の勢いで、ノンリニアデジタル映像編集の流れは急速に進んでいった。1998年10月にはノンリニア編集に対応するJスタジオを白金に増設、またDVDのオーサリングルームを港南に新設するなど積極的な投資を続けたが、2003年地上デジタル放送の開始に伴い機材のフルデジタル化が求められることとなり、試算を繰り返した結果、新たな投資は困難という判断のもと、2004年1月にウェストレイクスタジオは閉鎖となった。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

第3章 拡大期 1984〜1993

音と映像のプレゼンテーター誕生

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