社史

世界的に知名度を上げたBINCOシステム

デヴィッド・ボウイ「Serious Moonlight Tour」(横浜スタジアム、1983年)。日本公演ではBINCOシステムが採用された。デヴィッド・ボウイ「Serious Moonlight Tour」(横浜スタジアム、1983年)。日本公演ではBINCOシステムが採用された。

 1983(昭和58)年10月、アルバム『レッツ・ダンス』のメガヒットで名声を不動のものとしたロックスター、デヴィッド・ボウイがワールドツアー「Serious Moonlight Tour」の一環で来日。日本では、日本武道館(4日間)を皮切りに、横浜スタジアム、大阪府立体育会館等で大規模公演を行った。
 同日本公演では、ヒビノのBINCOシステムが採用され、ステージングとともにその迫力あるサウンドが評判になったが、ツアーの音響全般を担当していたShowco社の副社長は、そのBINCOシステムを視察するために来日していた。
 Showco社はツアー終了後、BINCOを参考にして、オリジナルのフライングスピーカーシステム「Prism」の開発を進めた。BINCOと共通した設計コンセプトを持つPrismは、独自に改良が重ねられて世界的にも有力なコンサート音響システムの一つとなり、1989年8月には、ヒビノも日本国内における使用権契約を結ぶことになる。
 ワールドワイドなPA会社であるShowco社が、BINCOをお手本にしてPrismを開発したという事実は、図らずもヒビノの機材開発力の高さを証明するものとなった。

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※ここに掲載した情報は、2015年2月発行の「ゴールなき頂を求めて 挑戦こそが我らの誇り ヒビノ株式会社50年史」より転載したものです。この記事の無断引用、無断転載を固く禁じます。

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